昔、看護師をされていたM子さんは、90歳を越えた笑顔の素敵な女性です。
大腿骨骨折治療後のリハビリテーションのためにH病院に転院されてきました。ほかに内科の病気を併発されていたので私も診察させていただいていました。
入院する病棟には種類があります。東神戸病院にも「一般急性期病棟」「地域包括ケア病棟」「回復期リハビリテーション病棟」「緩和ケア病棟」の機能が別の4つの病棟があります。
各病棟には決まりごとがあり、M子さんの入院された「回復期リハビリテーション病棟」は、脳血管障害や整形外科の術後の患者さんなどの方が入院される病棟です。入院期間も決まっており、M子さんの「大腿骨骨折の手術後」の場合90日となっています。
さてM子さん、リハビリテーションを進め、内科的な疾患も安定してきました。そろそろ退院の方向を出す時期になってきました。90歳を越えたM子さんですが、ご家族はおられずお一人暮らしです。「自宅へ帰るのか?」それとも「施設がいいのか?」ご本人の意思を確認しました。
医師:「自宅に帰って、ヘルパーさんや訪問看護師さんとか、あるいは医師の往診などを利用して生活する方法と、施設で周りの人と生活する方法が考えられますが・・M子さんの望む方向で考えたいのですが、どう思いますか?」
M子さん:「どうやって・・見出していたらいいのかな?」
ご本人も決めかねておられる様子です。
自宅に帰られる場合、退院前に、患者さん自身と、医療スタッフ(リハビリセラピスト、看護師)、あるいは、場合によってはケアマネジャー、福祉用具担当者なども加わって自宅に行って環境をチェックさせていただくことがあります。これをホームエバ(Home Evaluation)といいますが、「ここに手すりがあったほうがいいですね」「お風呂をまたぐのはむつかしそう」「介護用ベッドが必要」などを確認、提案します。
M子さんもホームエバを行いました。
医師:「こないだ、リハビリの担当の人と自宅に行ってきたでしょう?」
M子さん:「らしいですね。まったくわかりませんけど」
医師:「思い出すことはありますか?」
M子さん:「たまに思い出すことはありますね。たとえば、通っていた美容院などはつながりました。そういうものがいくつか出てくれば繋がっていくのかなあ?」
M子さん、自宅のことはほとんど覚えておられなかったのです。自宅を覚えていなかったM子さんですが、住んできた町、東灘区住吉であることはしっかり認識されており、髪を切ってもらっていた美容院さんのことは思い出されたようです。そしてその後の会話では、郵便局で親切にしていただいていた「親切なお姉さん」や、近くに住んでいて昔教師をされていた「A田さん」など、ぽつぽつと固有名詞が出てきました。
いまは、ぽつぽつとした「点」でしかないのかもしれませんが、それが繋がって「線」になっていくのかもしれませんね。
M子さんにとっては、自宅に帰るかどうかが重要なことではないのかもしれません。ただ、通っていた美容院や「郵便局の親切なお姉さん」「A田さん」がいる、この場所で生活できることこそが重要なのかもしれません。人と人が繋がり、地域が面となって生活を支えていく。そんなふうに地域が包み込んでくれたらと思います。
ちなみに・H病院のミッションは「生活支援病院」、「連携推進病院」なんです。いろんな連携をしながら、その人がその場で生活をできるように支えられる病院でありたいと考えています。