
ある政党は選挙公約で、「終末期の延命措置医療費の全額自己負担化」を掲げました。その理由は、「終末期における過度な延命治療に高額医療費をかけることは、国全体の医療費を押し上げる要因の一つとなって」いるというのです。「延命治療」の対象の大多数は高齢者になるでしょう。高齢者とそれ以外の世代の分断をあおるようにもみえます。同党が、外国人を排除しようとしたのと同じように。
この考え方は非常に危険だと思いますので、いくつかの点で意見を述べたいともいます。
(1)終末期の判断はむつかしいこと:悪性腫瘍のターミナル除けば、終末期と判断することはかなりむつかしいといえます。他院より「看取り」を前提に転院や紹介されてくる患者さんも、脱水を補正すれば改善したり、感染症の治療でもちなおすことがあります。
(2)延命措置とは何か?ということ:医療の現場で、ある医療行為を行うときにご家族に説明すると・・「それは延命ですか?」と聞かれることがあります。例えば、気管内挿管―人工呼吸器・・これ自体大きな決断だと思いますが・・、救命のためにおこなった医療措置が結果的に「延命」のためだけになってしまうこともあります。つまり「延命治療」の線引きはむつかしいのです。
(3)死亡前の医療費割合は実は低いこと:「延命治療」が行われることが多い、死亡前の1か月間の医療費は総医療費に対して約3%過ぎないことがわかっているし、過去30年間変化していません。さらに、年齢区分が高くなるほど死亡前医療費は低くなっているというデータもあります。
(4)個人個人の死生観を大切にすることも重要な医療だと思うこと:誤解をしてほしくないのですが・・私は、延命治療を積極的に推奨しているわけではありません。場合によっては、積極的な治療を手控えて、自然に任せることもあります。もちろん、ご本人やご家族の意向を大切にしながら・・。私が言いたいのは、患者さん、ご家族の死生観も大切にしながら、いろいろと一緒に考えていくことが必要だと思うのです。大きな障害を持った患者さん、意識のない状態の患者さん・・患者さんのもともとの意思、そしてご家族の気持ちを考えながら、一緒に伴走していくことも大切な医療だと思うのです。「生きること」、それをだれがきめるのか?決めていいのか?