
今日、車で自宅へ帰る途中のことです。「スシロー」の駐車場から出ようとしている車が、歩道をふさぐ形で待機していました。そこに、電動車椅子を運転されている方が歩道からやってきました。車の運転手は、少し会釈をして、バックして道を開けました。電動車椅子の方も笑顔で会釈して通って行かれました。
な~んだ、当たり前のこと? いや・・少しほっこりしました。
「車のあおり運転」に代表されるように、相手に敵意をみせることの多い世の中でございます。スピードを競うように、運転する人も多くいます。ただ・・追い越して、スピード出しても、本当の満足は得られないのではないでしょうか?相手が・・追ってくる、抜き返されるのでは?激しい運転をすると、安全運転には戻りにくいのです(告白しますが、私もそんな一面がないとは言えません)、
格差社会はいろんな弊害を生むことが知られています。格差が大きいところほど長生きはできません。以外に聞こえるかもしれませんが、貧困層だけでなく、富裕層も「長生きしにくい」のです。富裕層も、いつ転落するかわからないプレッシャーにさらされるのでしょう。一方、格差がないところでは、精神的な安全性がたもたれるのでしょうね。
車の運転と各差社会・・奇妙なことですが、共通点があるようにも思います。誰もがゆとりを持てる社会とは、「譲り合える社会」とは・・。
